海の中にぽつんと建つ建物に、どうしてこんなに心を惹かれるんだろう。
ジャン=ポール・ブリゲリ著『モン・サン・ミシェル——奇跡の巡礼地』創元社、2013年
この本を手に取ったきっかけも、まさにそこだった。
限られたタイミングでしかたどり着けない場所

フランスの海辺に浮かぶようにそびえるその姿。
写真や映像で何度か目にしていたけれど、実際どんな場所なのかはほとんど知らなかった。
干潮と満潮で姿が変わる「厳島神社大鳥居」のような場所なのだろうか。
限られたタイミングでしかたどり着けないなんて…
どこか、この世とあの世のはざまに立っているような、日常と非日常の境界線にふれるような、神秘的な魅力がある。
そんな特別な場所に惹かれる自分が、この本を読んでどんなことを感じたのか。
心に引っかかったことを、行ったことはないけれど、旅のメモのように書きとめておこうと思う。
命懸けでこの地を目指した、かつての巡礼者たち
昔の巡礼は命懸けだったという。
今のように橋があるわけではなく、干潮のタイミングを見計らって、歩いて渡るしかなかったから。
それはまるで、自然と運命に身を預けるような感覚だったのだろうか。
いつか本当にモン・サン・ミシェルを訪れることがあったなら、歩いて渡ってみたいと思う。
どんな音や匂いがするのだろう。
まだ想像のなかでしか歩けていない場所。
時期によっては、干潟を歩いてモン・サン・ミシェルに近づくことができるらしい。
出発地点やルートによってさまざまだが、短い道でも約3km、長ければ10km以上歩くこともあるようだ。
頂上の修道院を目指すとなると、そこからさらに90段の階段があるという。
今の体力で頂上に辿り着けるのだろうか。
それでも、かつての巡礼者たちの気持ちに少しだけでも近づいてみたくなる。
実際にあの風景を目の前にしたら…
もう一歩、もう一段と自然に足が動くような気もしている。
作家たちもこの場所に惹かれた
スタンダールやユゴー、モーパッサン。
名前だけは知っていたけれど、彼らがモン・サン・ミシェルを訪れ、心が動き、作品の中にその空気を閉じ込めていたということをこの本で初めて知った。
作品の一部が紹介されていて、読むだけでその時の彼らの目を通してモン・サン・ミシェルがどう映ったのかがありありと想像できた。
いつかこの場所に立ったあと、あらためて彼らの文章に触れてみようと思う。
受け継がれていくもの、遺されていくもの
この本の中で、モン・サン・ミシェルの修復について語られていた一節が心に残っている。
正確な引用ではないけれど、わたしなりにまとめると——
修復とは過去をそのまま再現することではなく、今を生きる修復者の感性にゆだねられている。
そんな趣旨だったと思う。
それはまるで、建物に新たな命を吹き込むような仕事。
モン・サン・ミシェルが、過去だけではなく現在と未来を繋いでいることを、改めて思い知らされた気がした。
モン・サン・ミシェル:まだ見ぬ風景のカラーパレット
まだ知らないはずの風景を想像しながら本を読み、ことばにしていく。
すると、そこに遺された建物だけでなく、それを守ろうとした人たちの想いにも触れられる気がした。
モン・サン・ミシェルは、かつて巡礼者が命懸けで目指した場所であり、修復者がその姿に向き合い続けてきた場所でもある。
そして今、遠く離れた場所にいるわたしの中にも、確かにその姿が輪郭を持ちはじめている。
いつか…
その道のりを一歩ずつ踏みしめながら、自分が想い描いた色と本物の風景を見比べる日を夢みて
